この間、普段からよく使っているゲーム機が故障した。確かに、少し前から動作時に異音を発しているような気がしていたんだけど、気のせいとも思えたし、動作に問題はなかったから放置していた。
そうしたら、十五分ほど遊んでいるだけで「本体が高熱になったのでスリープします」みたいな文言とともにゲームが強制的に中断されるようになってしまった。それほど詳しくないなりに分析したところ、放熱のためのファンの故障っぽい。
もちろん、メーカーの公式なサポートセンターに連絡したりして修理してもらうこともできる。でも今回は、なんとか自分で修理を試みてみようと思った。それには理由がある。
掃除機が使用五年目で動かなくなった。胸に手を当ててみるとたしかに荒々しく使ったときもあることは否めないが、買い換えるのが悔しいので、いろいろ調べてみたところ、本体ではなく、延長管の伸縮部の通電ができていないことが分かった。非常に多くのこの種の掃除機が、延長管の電気の不通でまるごと捨てられていることもきっと多いに違いない。マイナスドライバーでバリバリと分解してみたら、伸縮部で負荷がかかっているところが焼け焦げていて、断線していた。カッターナイフで動線をほじくりだし、ハンダゴテでつなぎ合わせたら、見事に再生した。これ以来、掃除機の延長管の伸縮はできなくなったが、やはり愛着が湧いた。
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藤原辰史(2019)『分解の哲学』 青土社 P.272-273
藤原辰史さんと言えば、現代の研究者のなかでも特に精力的に活動している方のひとりだと僕は認識している。アウトリーチ活動(研究内容について一般の人々に伝えること)にも尽力しておられて、それでいながら驕らず、もしかすると不気味に見えるかもしれないくらい謙虚な方だ。ご活動を傍から眺めていると、まさに「先生」として手本にしたくなる、そんな方だと思っている。
藤原さんの『分解の哲学』という本で、上に引用した部分を読んだとき、ちょっと驚いた。あれほどの人でも、「使用五年目で動かなくなった掃除機を買い換えること」に悔しさを覚え、「カッターナイフやハンダゴテ」で悪戦苦闘したりするんだなと思った。僕とかに比べて、とてもとても多忙だろうに、こんなにも泥臭く、地に足をつけて暮らしている。本当にすごいなと感心したし、もっと僕も頑張らなきゃと感じた。
この記述に触発され、励まされ、僕はゲーム機の修理を試みた。ファン「だけ」の故障なら、なんとかできるんじゃないかという気がした。直らなくてもいい。チャレンジしたかったし、チャレンジできる自分でありたいと思った。
交換用のパーツと道具を仕入れて、作業した。そして結果的にゲーム機はしっかりと直った。
近頃はあまり経験していなかったくらいに強い充実感がある。僕も、こういう類のトラブルを解決できるんだという自信になった。単に直ったことが嬉しいだけではなく、故障箇所の分析が合っていたことや、自分にチャレンジをさせてあげられたことも嬉しい。もちろん、オフィシャルな方法で直してもらうのに比べて安上がりで済んだことも。
『分解の哲学 腐敗と発酵をめぐる思考』
藤原辰史 著
2400円 B6判 352頁 978-4-7917-7172-1
青土社 2019年7月10日 発行
http://www.seidosha.co.jp/book/index.php?id=3305
この記事内の『分解の哲学』の引用箇所は、Kindle版でのページ数を示しています。