しばらく自宅で安静に過ごすにあたり、食べやすそうな食事をあらかじめ用意したが、本についても読みやすそうなものを用意しておいた。そのうちのひとつが、オランダの作家、トーン・テレヘン(Toon Tellegen)による『リスからアリへの手紙』だ。原題は『Brieven aan niemand anders』で、Google翻訳によれば「誰にも宛てない手紙」との意味らしい。
作品の舞台は森で、森にはリス、アリ、象、熊などといった様々な動物たちが暮らしている。オムニバス形式で描かれており、一編は主に3~4ページほど。手紙のやり取りを軸としながら動物同士が交流しているさまを垣間見られる。
動物たちが手紙を読み書きできるだけでなく、手紙も自ら動いたり話したりできる世界。作品を読み始めて間もなく、次に引用する部分が出てきて、「ああ、こういうのでいい、こういうのがいい」と思った。
ある冬の日、リス君がアリさんに手紙を書きました。
アリさんへ
アリさんへ アリさんへ アリさんへ アリさんへ
アリさんへ アリさんへ アリさんへ
アリさんへ
アリさんへ アリさんへ アリさんへ
アリさんへ
アリさんへ
アリさんへ
アリさんへ
リスより
へんちくりんな手紙ですし、リス君も、どうしてこんな手紙を書いたのかわかりません。でもリス君は、手紙に外套を着せて、帽子をかぶらせました。寒いからです。そして道順をおしえて、玄関を開けてやりました。
手紙は、そろりそろりと外へ出て、ブナの木を降りて行き、雪降る中を進み、アリさんの家の窓をそーっと叩きました。
「どなた?」と、アリさんが聞きます。
「手紙と申します」と、手紙が答えます。
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トーン・テレヘン/[訳]柳瀬 尚紀(2020)『リスからアリへの手紙』 河出書房新社 P.5-6
この作品の描写は、なにかの暗喩として受け取っても味わいがあるし、そっくりそのままに受け取っても面白い。以前に読んだジャン・ジオノの『丘』もそうだけど、僕はこういう汎神論的またはアニミズム的な世界観が結構好きだ。
現代科学は、そうした世界観のことを客観的に誤っている錯覚や妄想だと指摘するかもしれない。しかし、客観主義の行きつく先が環境破壊や人権侵害であるのなら、客観的に誤っているとしても、そうした視座や感覚で捉えるほうがむしろ正しく振る舞える気がする。
あるとき「実際、ぼくはテーブルのことを考えてやったことは一度もないや」と気付いたリス君は、とっくり考えこんで、テーブルに手紙を書くことにした。僕も、さんざんお世話になっているのに、椅子や机のことを思いやれたことはあまり無い。リス君のように手紙を書いてみるくらいの気持ちで、椅子や机を大事に取り扱おうとすることは、僕の考えでは、正しい振る舞いだと思う。
よく「他者を思いやるように」といったスローガンが掲げられるが、他者だけを、ある種の対象だけを急に特別に思いやることは難しいと僕は感じる。たとえば食器を雑に扱い、服や靴を買っては捨てて、なんでも不都合が生じたら交換すればいいと考えているかのように振る舞うことが癖になっている人は、自分の子どもや部下に対してだけ、突然に思いやりの気持ちを発揮できるだろうか。
まぁ物事は単純ではないので、そのようにできる器用な人もいるだろうけど、傾向的には、自分の子どもや部下のことも雑に扱ってしまう人のほうがおそらく多いだろう。彼らを思いやれる自分でありたいのなら、食器や服や靴、そしてテーブルなどを大事に扱うように心掛けていくのが、地道で着実な一歩だと僕は思う。どうにも思いやれない相手からは、離れるようにする。
リス君が書いた手紙をテーブルのまんなかに差し出すと、そのとたんに突風が吹き込んでテーブルをひっくり返し、数回バウンドさせ、横倒しにしてしまう。突風が去ってから、リス君はテーブルを元のようにしようとして、床に落ちた引き出しの中に、見たことのない手紙が入っているのを見つける。
それがテーブルからリス君への返信の手紙なのだが、読んだあとのリス君の振る舞いもすごくいい。
リス君は、テーブルがどんなふうにしてこの手紙をしたためたのだろう、と、自問したりはしません。ただ、頭を両腕にのっけて、そのままテーブルにもたれかかり、そしてうとうと寝入りました。
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トーン・テレヘン/[訳]柳瀬 尚紀(2020)『リスからアリへの手紙』 河出書房新社 P.51
好奇心は猫を……という戒めに則るように、あまり深くを追究しようとしないリス君の振る舞いは、反知性的どころか、とても知性のある振る舞いだと僕は感じる。いわゆる主客合一に近い、親愛の念のほとんど理想的な現れだと思う。
『リスからアリへの手紙』
トーン・テレヘン 著
柳瀬 尚紀 訳
1200円 四六判変形 112頁 978-4-309-20793-3
河出書房新社 2020年3月30日 発行