不意に『Humankind 希望の歴史』というタイトルの本と出会ったら、なんだか胡散くさくて、いくらか尻込みや警戒をするかもしれない。この本は、『隷属なき道』で一躍有名になったルトガー・ブレグマンの著作である。もともとは著者自身の母語であるオランダ語で書かれているが、英語版のタイトルは『Humankind: A Hopeful History』なので、日本語版の『Humankind 希望の歴史』というタイトルは、少なくとも邦訳に際して独自にニュアンスを付与したものではない。
ブレグマンは本書において「ある過激な考え」を述べ、それに基づいた「新しい現実主義」を提案する。「ある過激な考え」とは、一体どのようなものか。それは、「ほとんどの人は本質的にかなり善良だ(上巻 P.24)」という考えである。
著者本人が認めるとおり、「人間は天使ではない」し、「複雑な生き物で、良い面もあれば、良くない面もある(上巻 P.33)」。さらに、暗い見方をするほうが基本的に簡単で、人間の善性を擁護する試みには多くの困難が降りかかる。それでもなお人々の善良さを主張しようとする気持ちはどこから来ているのか。2009年に女性で初めてのノーベル経済学賞を受賞したエリノア・オストロムを支持しつつ、ブレグマンはこう述べる。
彼女は、楽観主義者でも悲観主義者でもなく可能主義者(ポシビリスト)だ。彼女は別の道があると説く。そう考えるのは、なんらかの抽象的な理論を支持するからではなく、自分の目で現実を見てきたからだ。
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ルトガー・ブレグマン/[訳]野中香方子(2021)『Humankind 希望の歴史』 文藝春秋 下巻 P.142
楽観主義でなければ悲観主義でもなく、性善説でも性悪説でもなく、可能主義。抽象的な理論よりも、具体的・実際的に「それが可能であること」、つまりこの現実において行われてきたことや行われていることをブレグマンは重視する。
本書では、多くの「現実」主義者の人間観を支えている「スタンフォード監獄実験」や「ミルグラムの電気ショック実験」のいかがわしさを詳細に指摘するとともに、「割れ窓理論」や、ウィリアム・ゴールディングの小説『蝿の王』とそれに類する状況において現実で起こったことなどを検討していく。そして、シニカルな「現実」観がいかに現実離れしているのかを示し、前述したような「新しい現実主義」への転換を呼びかける。
良かれ悪かれ、人間同士のさまざまな交流にはフィードバックのループが発生する。褒められた時は褒め返そうとするし、不愉快なことを言われた時は嫌味で返したくなる。誰かが自分を充分に丁重に扱ってくれたなら、できるだけこちらも誠実に向き合ってみようとするし、がさつに扱われたなら、こちらも雑に応対する。僕たちの生きる現実が個々人の現実観の総体として形成されているなら、「悪は強い印象を残すが、善は、数の上ではるかに悪を上回る(下巻 P.191)」といった事実に基づいて現実観を転換し、他者との交流の仕方を変化させることで、現実もまた転換していくだろう。
『Humankind 希望の歴史』
ルトガー・ブレグマン 著
野中香方子 訳
上巻: 1980円 四六判 272頁 978-4-16-391407-7
下巻: 1980円 四六判 272頁 978-4-16-391408-4
文藝春秋 2021年7月20日 発行
この記事内の『Humankind』の引用箇所は、Kindle版でのページ数を示しています。